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春夏秋冬はな 店主 横山保行さん no.214

今月の人
華のある料理で、会話にも花が咲く。 特別な日に大切な人を連れていきたい本格和食
春夏秋冬はな 店主
横山保行さん
1973年生まれ。羽曳野市出身。趣味は料理、食べ歩き、ゴルフ。
横山保行さん

カツオの一番出汁は最高のスープ。食材の持ち味を十分に引き出す

 

 特別な日、相手に喜んでもらえる食事をしたい—。そんな時の頼れるお店の一つが、藤井寺郵便局の北側すぐにある割烹「春夏秋冬 はな」だ。木目調の上品な外観と、季節のお花が飾られた玄関前の雰囲気は、食事前から少し上質な気持ちにさせてくれるかのよう。胸を踊らせながら引き戸をそろりと開けると、手前にはアットホームなカウンター席、そしてその奥には6人までが入れる座敷席があり、ひとりでも、グループでも、居心地よく過ごせる空間になっている。

 そして、カウンターの中から「こんにちは。いらっしゃい!」と爽やかな笑顔を覗かせるのは店主の横山保行さん。ニコニコとした親しみやすさもさることながら、その腕前は料理の道で28年をかけて真摯に積み上げてきた職人肌。その一品一品のクオリティの高さに魅せられて足繁く通う常連客はじつに多く、プライベートな食事はもちろん仕事の接待の場としても好んで利用されるほどだ。

「華ある料理で会話にも花が咲くように、というのがこのお店の目指すところです」と横山さんが言うように、テーブルに運ばれてくる一皿一皿はとにかく見た目にも美しい。切り方、盛り方、色の組み合わせ……、細かなところにまで横山さんの思いと技が行き届き、味わう前にしばし観賞していたくなるほどだ。十分に持ち味が活かされている食材は、横山さん自身が市場で目利きをして選んでくる。出汁は、横山さんが「世界ナンバーワンのスープ」だと考えるカツオの一番出汁。カレーやグラタン、トマトソースなどにもカツオダシを使い、絶妙な味わいを堪能させてくれる。

 横山さんが料理に興味を持ち始めたのはなんと小学生の頃から。仕事で忙しい母のもと、自分で調理をする機会が必然的に増えたのだという。「最初は卵焼きに出汁を入れてみたり、ラーメンを作る時に野菜を炒めて入れてみたり、そういうところからでしたね。ひと手間加えると味わいが大きく変わることが分かり始め、そのうち段々と料理が楽しいと思うようになっていったんです」

 高校生の頃はラグビー部員。体育の成績は学年で一位を取るほどのスポーツマン。卒業後の進路はスポーツインストラクターか料理の道で迷ったと振り返る。「僕は何をやっても長く続かない飽き性なのですが、唯一、料理だけは飽きることなく続けていたんですよね。それに、僕にとってはより難しそうに思えたのが料理の世界。追いかけても追いかけてもまだまだその先があり、チャレンジのし甲斐があると感じました」

 そうして、高校卒業後に料理の世界へと飛び込んだ18歳の横山さん。最初は「なんとなくカッコ良さそうで」とフレンチのお店で働くことにしたものの、「バターとニンニクの匂いが肌に合わなかった」と3日で退職。その後、大阪で名が知られる天ぷら割烹のお店で働くことになり、いよいよ料理人としての本格的な下積み修業が始まった。

「とても厳しいお店で、すべて〝見て覚えろ〟という世界。若い料理人たちのほとんどは耐えられず早くに辞めていくほどでした。でも、僕には合っていたんですよね。何も教えてはくれませんから、自分で先輩料理人の手順や手元を見て身につけていく。煮物の味付けは、炊いたあとの鍋を洗う時に残っているものを味見したりしていましたね」

 

ホテルや高級料亭で下積み修業。33歳で独立、心の支えは一人娘

 

 その後、声を掛けられて移ったのが関西の名門ホテルの和食部門。「最初はホテルで働くことは気が進まなかったのですが、料理人の経験として得るものはあると先輩に言われ、働くことにしました。サービスや会話、人とのつながりなど、本当に学ぶことは多かったですし、大きな経験になりました」

 同世代の料理人たちが休日や仕事後に遊びに行くことが多い中、横山さんは朝には鮮魚店でアルバイトをしてからホテルでの勤務に就くなど、脇目も振らずに料理に打ち込んだ。「料理人として誇りをもって仕事をしたいという気持ちが強かったんです。それに、料理は奥が深くて勉強し続けてもその先はまだまだあって」

 ホテルで2年半働いたのち、憧れていた料亭で料理人として働き始めた。「調理場は私語厳禁で、それまで働いたお店の中で最も厳しかったところです。料理のレベルもとても高かったのですが、ここでもやはり指導はしてもらえなくて、見て覚えろというスタイル。味付けは先輩から『あかん』とダメ出ししかされず、何をどうしたらOKになるのかは自分で考えないといけない。それに、体調を崩したり二日酔いしたりすると味がわからなくなるので、体調管理には細心の注意を払っていましたね」

 そんな真面目な働きぶりと技術が認められ、その料亭で25歳にして料理場の二番手に抜擢された。そんな横山さんに、ある和食店から「料理長として来てくれないか」と声が掛かる。「もともと28歳で独立するという目標を持っていたので、そのまま料亭で働き続けようと考えていたのですが、また先輩から『料理長という経験はのちのち生きてくる』と助言され、経験として挑戦してみることにしました」

 横山さんは、25歳で料理長として和食店へ。料理を作るだけでなく、お客さんたちとの会話や店舗の経営、食材の管理、スタッフとのコミュニケーション……、さまざまなことを学んだという。

 その後、いよいよ独立。この藤井寺に自分の店「春夏秋冬 はな」を構えたのは2007年、33歳の時だった。「魚や野菜も生き物ですから、その命をいただく以上は持ち味を最大限に生かして料理をしたい。そんな華のある料理をお出しする店にしたい」という思いを込めた。

 ホテルや料亭時代など、それまでおもに北大阪で働いてきたため、顧客のいない南大阪での独立は周りからも心配をされた。「僕自信も不安はありましたが、親孝行も兼ねて実家に近い場所を選びました。特に宣伝もしませんでしたし、オープンから2年ほどは大赤字。でもおかげさまで少しずつ常連さんが増え、少しずつ賑やかになってきました。今はすばらしいお客さんに恵まれて、会話ができるのも楽しいですし、料理ができるのも楽しいですし、すべてが楽しく感じられます」

 じつは、20歳になった一人娘のお嬢さんの名前も「はな」。華のある人に育ってほしいという願いを込めた。「その通り、明るく伸びやかに成長し、僕にとってはずっと心の支え。娘の存在があったから、これまでがんばってこられました」と目を細める。

 今でも一皿一皿にうっとりさせられるが、「まだまだレベルを上げていきたい」と見つめる先はまだまだ高いところにある横山さん。普段遣いはもちろん、誕生日や父の日、結婚記念日など特別な日にさらに華を添えてくれるお店であることは間違いない。

 

(取材・文  松岡理絵)

 

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