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フォトグラファー 北川孝次さん no.233

今月の人
笑顔は平和の象徴。100年先もみんなの笑顔が輝いていますように
フォトグラファー
北川孝次さん
1944年、満州生まれ。東大阪市在住。2017年から富田林市にアトリエを構える。日本写真家協会会員。「笑顔」をテーマに世界50ヵ国以上を訪問。写真集『輝きがある』ほか。「世界の笑顔」シリーズの写真展を各地で開催。http:www.k-egao.org
北川孝次さん

世界50ヵ国以上で笑顔を撮影
タヒチで出会った家族がきっかけ

 

 富田林市・嬉地区にあるアトリエにお邪魔させていただくと、壁一面に子どもたちの輝く笑顔の写真がびっしり。一人ひとりの笑顔に引きずられるようにこちらまで幸せな気持ちになり、笑みがこぼれてしまう。「世界50ヵ国以上を訪れて出会った笑顔です」と、フォトグラファーの北川孝次さんはほほ笑む。今年77歳の喜寿を迎えるが、写真展の開催ほか、写真を通じた表現活動を今なお意欲的に行っている。

 満州で生まれ、2歳の時に日本へ引き揚げてきた北川さん。子どもの頃からモノ作りが好きだったといい、「宮大工になりたかった」と振り返る。「でも20歳の時に、カメラに興味を持ったんですよ。撮る人によって映し出される世界が異なるところがおもしろくて。写真なら自分の個性を出せる。写真家は自分の表現力で勝負できる仕事だと感じて、カメラの道へ進むことにしたんです」

 当時、職業カメラマンがまだまだ少なかった中で、大阪にある「市橋写真工房」の市橋和男さんに弟子入り。そこで5年間アシスタントとして働き、撮影の基本的なことを学んだ。また、持ち前の向上心から、職場にある写真に関する書籍を積極的に借り、読みこんだという。「当時、広告のための商品撮影がほとんどで、白黒撮影が多くて、ストロボもあまり使わなかったですね。カラーの撮影は週1回ぐらいだったかな。あと、このアシスタント時代からモデル撮影にも関わらせてもらい、作品作りにも熱心に取り組んでいましたね」

 次に勤めたデザインスタジオでは、撮影チーフとして仕事に没頭した。おもに大手電機メーカーの家電商品の撮影などコマーシャル写真を手掛け、海外での撮影も増え始めた。「そのうち、なんでかわからないんだけど、船乗りになってもいいから、もっと海外へ行きたいという気持ちになってきたんですよ。あまりにも美しい風景に出合いすぎたからかなあ」

 10年ほどが経ち、“広告撮影”という求められているものを撮る撮影に少しずつ物足りなさを感じてきたという北川さんは、思い切って2ヵ月の休暇を取った。そして、向かったのはタヒチとミャンマー。「小さな多数の島からなるタヒチでは、島と島との移動に小型飛行機が使われるんですが、空港で飛行機を待っている時に、地元の方々、ご家族連れを多く見かけたんです。そしたら、どなたも本当に屈託のない素敵な笑顔をしていらしたんですよ。見ていてとっても心が癒やされたというか、とても心を動かされたんです。その時に、いろいろな国の人たちの笑顔の写真を撮ってみたい、そんな気持ちが湧いてきたんです。仕事ではドイツ製の大きくて立派なカメラを使っていましたが、小さなカメラを手に持って家族や子どもの顔を撮りたいなって」

 

手作りの素朴なおもちゃ
一緒に遊べば距離が縮まる

 

 そして北川さんは40歳の時にフリーランスのフォトグラファーとなり、1年の半分は海外へと出かける生活が始まった。「一人で出かけたり、息子を連れて行ったり……。妻は何も言いませんでしたが、もう仕方ないなあという思いだったのではないでしょうか(笑)」

 訪れた国は、ポーランド、ラオス、マリ、エジプト、チュニジア、ケニア、イエメン、モンゴル、新疆ウイグル自治区、ウズベキスタン、東ティモール、パプアニューギニア、ネパール……と世界各地におよんだ。

 アメリカでは自分でヘリコプターを手配してニューヨークを空撮。古城が点在するフランスのロワールも「上から見たくなって」と空からその風景をカメラに収めた。また、カナダのロッキー山脈では、火事が発生したからとヘリを降ろされ、クマが出るという山中で一人で待たされたという体験もした。アフリカでは野生動物たちの声が身近にまで迫った。聞けば聞くほど、エピソードが尽きない写真家人生だ。また、語学もさぞ堪能だったのだと思いきや、「いえいえ、本当に簡単な英語しかできません(笑)。でも、英語が話せなくても、どこでもなんとかなるものです。身振り手振りや表情のコミュニケーション、友人の助け、各地でいろいろな人に助けてもらいました」

 その国に到着すると、まずは「ありがとう」「こんにちは」「おいしかった」「笑って」「撮影させて」の5つの現地語を覚えるという。「それだけしゃべれたら気持ちは伝わります。あとはこちらも笑顔でいることかな」

 そして、北川さんがその国に滞在するのはだいたい1ヵ月ほど。「1ヵ月というのは何を見ても新鮮で楽しい時間。ですから、そんな気持ちでいられる1ヵ月のうちに撮影をするんです。お金もあまりないですから、安い民宿に泊まったり、飲み屋さんで出会って友達になった人にホームステイさせてもらったりしていましたよ(笑)」

 現地の学校を訪れ、子どもたちの笑顔をたくさん撮影した。どの子どもたちも素直で純粋な笑顔を浮かべている。いったいこの笑顔をどのように引き出したのだろう。

「僕は手作りのおもちゃを持っていくんです。ほら、こんなふうに」と、北川さんは手のひらに挟んだ紙トンボを宙に舞わせた。そして次は、ブンブンゴマを回して見せてくれた。「おもちゃで遊ぶと距離が一気に縮まって、自然と笑顔を見せてくれるんです。手作りの素朴なおもちゃは、いつでもどこでも遊べるんですよ。電気のない村でもね」。それは各地を訪れている北川さんだからこそ気づくことかもしれない。また、山と谷を越えて1日かけてたどり着いたラオスの村では、ある男の子が、北川さんが持参したおもちゃをまねて、その村にあるものを使って楽しそうに手作りしていたという。そうしてお互いに緊張が解け、信頼関係が生まれてきたら、北川さんはカメラを手に取る。

「日本の子どもとの違い? よく聞かれるんですけど、海外の子どもも日本の子どもも一緒ですよ。日本の子どももおもちゃを前にすると、喜んでくれるし、自然な笑顔を見せてくれます。紛争や貧困など厳しい状況の中で生きている子どもたちも、笑顔になる瞬間だけは平和の一瞬。そのかけがえのない一瞬が一〇〇年先まで続いてほしいと願って撮っています」

 富田林にアトリエを構えて3年。田畑や川がそばにある環境と、地域の人たちの温かなコミュニティに魅力を感じているという。「2021年がすべての人にとって笑顔があふれる一年になりますように。この南河内でまたたくさんの笑顔に出会いたいと思っています」

(ライター  松岡理絵)

 

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